王者との差

またしても錦織はグッドルーザーとなった。
ケガ明けのフェデラーがここまでのレベルで帰ってくるとはさすがに想像できなかったが、錦織に出来ることはまだあったと思う。しかしそれをさせる時間を与えなかったフェデラーにはもはや畏怖の念すら覚える。おそらく錦織にすれば「もっと楽しみたかった」はずで、打ち合いの中からイマジネーションを喚起させて王者に勝つことを望んでいたのではないか。それが彼のスタイルだし個人的にも大好きなプレーヤーだから否定はしたくない。それでもフェデラーをはじめとするBIG4(多少錆び付いたものの)とは今でも差があると言うよりない。
フェデラーが時折見せる超高速テニスは、かつてツアーで無敗のシーズンをおくっていたジョコビッチに対する手段であったりして、そこそこ貴重なものだ。立ち上がりで2ブレークをくらった王者はいわば伝家の宝刀を抜いてきたわけで、錦織にしても最初のバーゼルでの対戦で経験していたと記憶している。その王者にしても5セットマッチでそれを遂行するのはある意味ギャンブルだが、体力面からも合理性はあるので躊躇うことは無かっただろう。この王者はグランドスラムを17回制している生ける伝説でありながら未だにより高みを目指しているように見える。
錦織には彼を超えろとは言わない。そんなのは無理だから。それでも昨日のような試合でしっかりと勝ちきれるメンタルを養ってほしい。後はそこだけだろう。錦織がコート上で見せる仕草は時に素直すぎて自身の年齢に相応しいとは思えない。これは以前から気になっていたことではあるが、錦織は日本人としては誰も到達していない領域にいるのだからそれを個性として認めることもできる。それでも‥なのだ。
試合前にフェデラーが「僕はケイのファンなんだ」というコメントがやたらと取り上げられた。それを真に受ける錦織でもないだろうが、こうしたコメントを取り上げる海外メディア、そして現地のファンを含めて「でも勝つのはフェデラーだよね」という空気を吹き飛ばしてほしいのだ。ひとつ光明があるとすればそれは昨日の試合終盤に見せた錦織の気迫だろう。自身に対する怒りも混じっていたようなそれはプレーとして王者に向けられていたように見えた。だから試合後の握手のときに見せた笑顔はやや残念な感じがしたが、やはり今年の錦織には期待が持てる。早くもクレーシーズンが楽しみだ。