史上最高

昨日の錦織戦を観てあらためてフェデラーのファンで良かったなと思うし、自分がテニスという競技に触れていなかったら評価の仕方も変わっていただろうなと思うとそれも感慨深い。自分のテニス歴と彼のプロデビューはほぼ重なっているが自分が始めた頃はまだサンプラスアガシが隆盛を極めていた。それからフェデラーと同学年のヒューイットが先に一時代を作ったがその後はフェデラー一強の時期が続き、ナダルとの二強時代もあって今のBIG4に至っている。

こうして彼が高レベルのプレーを継続できていることは本当に凄い。どう考えても人知を超えているように感じる。かつてはあまりの強さから「オーガ(鬼)」と言われてもいたけど、まさに超人と思えるこれまでの経歴は、何と言っても大きな波が無かったということが特筆される。伝染性単核球症に悩まされた2008年でさえも全米のタイトルを保持していたし、その翌年には生涯グランドスラムを達成。その後は「いつ引退するか」が囁かれるようにもなったが、気がつけば34歳に至っても新境地を見せているという‥‥これはプロスポーツ全体を見渡しても史上最高の選手なのだと言っていいだろう。

現代テニスではとてつもない運動量(持久力)をベースに俊敏性やパワーといったフィジカルと、一対一での駆け引きといった知性や精神力のそれぞれが高いレベルにあり、なおかつバランス良く配合されてはじめてトップ集団に入れる。そういうレベルを引き上げた張本人がフェデラーなんだと思うが、今なおテニスという歴史があって世界中で楽しまれている競技の解釈や可能性を拡張し続ける34歳が他にいるだろうか。

そういうフェデラーだから昨日の試合なんかも勝敗を超えたところで楽しませてくれた。フェデラーと錦織の対決はいつも楽しいがこれまでの中でも極上の内容だった。フェデラーはプロ転向前から日本の若者のことを知っていて、

「ケイのことは、彼が16〜17歳の頃から知っている。その頃から将来は良い選手になると思っていた」
 9年前の日を振り返るフェデラーは、当時の錦織の印象を、次のように語ります。
「第一に、彼はスピードがあった。そして、彼のサイズにしては非常にパワーもあった。バックハンドをアングルに打つのがうまかった。そして、フォアハンド。僕が良いと思ったのは、バックはフラットなのに対し、フォアは鋭い弧を描く点だ」
 ケガさえなければ、もっと早くブレークスルーの時を迎えていただろう。でも彼は今ここにいる。世界で最も優れた選手の一人としてね

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というコメントをするほど錦織を理解している。だからかこの二人が対戦すると「先生と生徒」のような印象を受けてしまうし、実際そういう内容だったと思う。第1セットではブレイクの取り合いもあったが終始フェデラーがリードしていて、そのまま取りきると第2セットも一気に4-1で勝ち切る勢いだった。しかしフェデラーはギアを上げないで若者(といっても25歳だがファイナル出場者では最年少だし)を試すことにしたんだと思う。リスクのレベルを上げないテニスで多彩なショットを見せ始める。フェデラーのそういうテニスを観ることは本当に楽しいが、それでどうなったかというと、錦織がそれに応えるようにプレーのレベルをぐんぐん上げてきたのだ。

ここからはまさに極上のテニスショーが繰り広げられることになる。錦織のテニスが海外で評価されるのは間違いなくそのテニスセンスであり、多様でイマジネーション豊かなショットが他のトップ選手との差を生み出している。この若者の理解者であるフェデラーがこうした戦いを仕掛けてきたことがもうね‥感動的ですらあった。そしてロンドンの観客が目撃したのはそのショットの差し合いで日本の若者が王者を凌駕し始める光景だ。その土俵では錦織のセンスが活性化されて気分良くプレーができるし、彼にとってストレスフリーなことはプレーの良し悪しのバロメーターである。トップに位置するようになってからは相手がこぞってそうはさせないと仕掛けてくるので、今年の後半などは顕著にモチベーションを下げていたように見えていたから、錦織のああいうプレーを見れて本当に良かったし、フェデラーには感謝しかない。

出来るならフェデラーの戴冠を観たいが、ここからはフィジカルに勝る選手が有利だろう。セミファイナルの相手はマレーかワウリンカということで、前者の方が与し易いか。なんにせよ、今大会のベストマッチはもう終わった。後は昨日の試合を超えないはずの試合を観ることになるな。来年はグッドルーザーで終わらない錦織を観たい。